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『北条五代』 [本のブルース]

2021-02-11T23:11:50.jpg


『北条五代』を読了。


この作品は火坂雅志氏の遺作であり、未完の書を伊東潤氏が引き継いで完成させたというもの。 このような形式の本を読んだのは私も初めてだ。


閑話休題、戦国有数の大大名だった北条一族を不勉強の私はあまり知らない。 開祖の早雲公が伊勢新九郎と名乗っていた事から私は伊勢出身と早合点していたが、元々は京都で足利家に仕えていたようだ。


北条治世の根幹は四公六民という年貢政策で、税金を軽くすることで領国の民を富ませ城下を賑わし、ひいては自国の地力がつき、北条家も潤うというやり方だ。 すなわち、経世済民の政策である。


おそらく北条家のピークは三代目あたりで、その後ゆるやかに落ち目となり、五代目で命運は尽きるが、それも豊臣秀吉という強大な存在があったからに他ならない。 もっと言えば織田信長という類稀な覇王がいなければ、北条家が五代で終わることなく、また日本の戦国時代はもっと長く続いたか、別の形の国家になったのではないか、という考えが浮かんだ。


北条家は決して弱いわけでもなく、さりとて圧倒的に強かったわけでもない。 なるほど関東を手中に収めたが、それまでには多大な時間と労力がかかっている。常に周囲の大名と戦うか調略に明け暮れ、なんとか勝ち越した感じだ。北条氏と比べると一代で領土をあれだけ拡大した信長はやはり突出した存在だということがよくわかる。


北条五代とはなんだったかといえば、


「われら北条家は上に誰も頂かず、われらの考える仕置をしてきた」(下巻409p)であり、


「上に誰も頂かないからこそ、北条家だったのだ」(同)ということになる。


北条家五代100年の仕置は、江戸時代徳川家260年には及ばないものの、織田家や豊臣家よりは遥かに長い。北条家とは天晴、関東の覇王にして民のための政をなし、民から慕われた戦国大名らしからぬ一族だったのだと感じ入った。

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