藤堂高虎ゆかりの「黄金の茶道具」 [f]
本日(2023年5月28日)の中日新聞に、豊臣秀吉が藤堂高虎に授けた褒美との伝承が残る「黄金の茶道具」がオークションにて3億円で落札されたという記事が掲載されている。
数日前の報道で、この茶道具がオークションに出品されるとあったが、その続報である。
写真で見る限り、ピカピカに輝き保存状態がとても良い。このような第一級の品が現代まで伝わっていることに驚いた。
また、秀吉が藤堂高虎にこのような高貴な茶道具を贈っている事実にもびっくりした。
藤堂高虎は豊臣秀吉の弟の秀長に仕え、秀長の死後は一時、高野山に入っている。
秀吉が自らに仕えるよう命じたところ、それを断っての入山である。理由は秀長の菩提を弔うためであるが、裏返せば高虎の価値観では秀吉に仕える価値はないと判断したのではないだろうか?
すでに天下人であった秀吉に逆らうことは死を意味するが、秀吉はそれをしなかった。戦国武将藤堂高虎の実力を高く評価したからであろう。
秀吉の三顧の礼に応え、高虎は下山し、秀吉に仕え、水軍を引き連れて朝鮮出兵も行っている。
この黄金の茶道具がどのタイミングで行われたのかは興味がある。(記事にはその記載はない。もっとも伝承との注釈がつくのであるが。)
後に藤堂高虎は徳川家康と懇意になり、徳川三代に仕え、外様ながら信頼度は抜群であった。そんな高虎が秀吉からこんな高価なものを贈られていたのは興味深い。
閑話休題、この藤堂高虎ゆかりの茶道具を落札したのは茨城の美術館である。高虎が治めた津や三重県、あるいは高虎縁深い地域の美術館に落札してほしかったと思う。
数日前の報道で、この茶道具がオークションに出品されるとあったが、その続報である。
写真で見る限り、ピカピカに輝き保存状態がとても良い。このような第一級の品が現代まで伝わっていることに驚いた。
また、秀吉が藤堂高虎にこのような高貴な茶道具を贈っている事実にもびっくりした。
藤堂高虎は豊臣秀吉の弟の秀長に仕え、秀長の死後は一時、高野山に入っている。
秀吉が自らに仕えるよう命じたところ、それを断っての入山である。理由は秀長の菩提を弔うためであるが、裏返せば高虎の価値観では秀吉に仕える価値はないと判断したのではないだろうか?
すでに天下人であった秀吉に逆らうことは死を意味するが、秀吉はそれをしなかった。戦国武将藤堂高虎の実力を高く評価したからであろう。
秀吉の三顧の礼に応え、高虎は下山し、秀吉に仕え、水軍を引き連れて朝鮮出兵も行っている。
この黄金の茶道具がどのタイミングで行われたのかは興味がある。(記事にはその記載はない。もっとも伝承との注釈がつくのであるが。)
後に藤堂高虎は徳川家康と懇意になり、徳川三代に仕え、外様ながら信頼度は抜群であった。そんな高虎が秀吉からこんな高価なものを贈られていたのは興味深い。
閑話休題、この藤堂高虎ゆかりの茶道具を落札したのは茨城の美術館である。高虎が治めた津や三重県、あるいは高虎縁深い地域の美術館に落札してほしかったと思う。
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