『金の言葉 銀の言葉』第三十一日
【春風を以って人と接し、秋霜を以って自らを粛む】
昨日思いもよらない訃報に日本国民は接しました。
志村けんさんが新型コロナウイルス感染によりあの世へ旅立たれたとのことです。
感染されたことも、重篤であったことも報道により知ってはいましたが、きっと回復されるものと誰もが信じていたことと思います。
今更と叱られそうですが、この新型コロナウイルスの怖ろしさを見せつけられた気がします。
死亡率が低いと言われてますが、本当なのだろうか、と疑いたくなります。
志村けんさんといえば、私の世代では「8時だよ全員集合」でドリフターズの見習いの一人として登場した頃から知っています。
なにせその頃は志村けんさんよりも同じくドリフの付き人で、ブルース・リーのモノマネをする「すわしんじ」の方がちびっ子には人気があったのです。
しかし、その後の活躍をみればさすがはいかりやさん!志村けんさんの才能をしっかり見抜いた抜擢なのでした。
ドリフの正規メンバーになった頃の志村けんさんはさすがに緊張している様が子どもの眼にもわかりました。
それでもすぐに本領発揮し、大ヒットギャグをとばし、それまでドリフの看板だったカトちゃんに追いつき、追い越しました。
閑話休題、ダウンタウンの松本人志が著書『遺書』の中で尊敬するお笑い界の人として4人をあげています。その一人が志村けんさんでした。
その理由として、お笑い一筋のところをあげています。
志村けんさんはきっと今日の言葉のような人だったんだろうなぁと思います。(マスコミ情報によれば)
志村けんさんのご冥福を心からお祈り申しあげます。
昨日思いもよらない訃報に日本国民は接しました。
志村けんさんが新型コロナウイルス感染によりあの世へ旅立たれたとのことです。
感染されたことも、重篤であったことも報道により知ってはいましたが、きっと回復されるものと誰もが信じていたことと思います。
今更と叱られそうですが、この新型コロナウイルスの怖ろしさを見せつけられた気がします。
死亡率が低いと言われてますが、本当なのだろうか、と疑いたくなります。
志村けんさんといえば、私の世代では「8時だよ全員集合」でドリフターズの見習いの一人として登場した頃から知っています。
なにせその頃は志村けんさんよりも同じくドリフの付き人で、ブルース・リーのモノマネをする「すわしんじ」の方がちびっ子には人気があったのです。
しかし、その後の活躍をみればさすがはいかりやさん!志村けんさんの才能をしっかり見抜いた抜擢なのでした。
ドリフの正規メンバーになった頃の志村けんさんはさすがに緊張している様が子どもの眼にもわかりました。
それでもすぐに本領発揮し、大ヒットギャグをとばし、それまでドリフの看板だったカトちゃんに追いつき、追い越しました。
閑話休題、ダウンタウンの松本人志が著書『遺書』の中で尊敬するお笑い界の人として4人をあげています。その一人が志村けんさんでした。
その理由として、お笑い一筋のところをあげています。
志村けんさんはきっと今日の言葉のような人だったんだろうなぁと思います。(マスコミ情報によれば)
志村けんさんのご冥福を心からお祈り申しあげます。
『金の言葉 銀の言葉』第二十九日
【いいところ探しの人生を送ろう。】
横の添え書きには他人様のあら探しはヤメよう、みたいなことが書いてあります。
もちろん、その通りです。異論はございません。
それとは別に、自分の人生においても【いいところ探し】が重要だと考えます。
ついつい悪いところに目が行き、幸せを感じられないことがよくありますが、これはもったいないなぁと思うのです。
長い人類の歴史でみれば、個々人の人生は客観的に見れば五十歩百歩。幸福の基準も人によって様々です。
結果がどうあれ、自分が精一杯やり、天災のような理不尽なことに遭遇しなければいい人生だといえるでしょう。それ以上を望むことで苦しみが生まれるのだと思います。
横の添え書きには他人様のあら探しはヤメよう、みたいなことが書いてあります。
もちろん、その通りです。異論はございません。
それとは別に、自分の人生においても【いいところ探し】が重要だと考えます。
ついつい悪いところに目が行き、幸せを感じられないことがよくありますが、これはもったいないなぁと思うのです。
長い人類の歴史でみれば、個々人の人生は客観的に見れば五十歩百歩。幸福の基準も人によって様々です。
結果がどうあれ、自分が精一杯やり、天災のような理不尽なことに遭遇しなければいい人生だといえるでしょう。それ以上を望むことで苦しみが生まれるのだと思います。
『金の言葉 銀の言葉』第二十八日
【利他の心】
このシリーズにおいても、「情けは人のためにあらず」など同義の言葉を紹介してまいりました。
受けた恩は必ず返す。
もし、他人様に恩を授けることがあるようであれば、そのことは忘れたいと思います。
他人様に恩を授けるというようなことは元来たいへんなことです。
恩が仇になることもあります。
私見でありますが、そうした大それたことをしてしまったときは、さりげなく、軽やかな気持ちで、できれば忘却の彼方にありたいですが、これこそが難しいことと考えています。
このシリーズにおいても、「情けは人のためにあらず」など同義の言葉を紹介してまいりました。
受けた恩は必ず返す。
もし、他人様に恩を授けることがあるようであれば、そのことは忘れたいと思います。
他人様に恩を授けるというようなことは元来たいへんなことです。
恩が仇になることもあります。
私見でありますが、そうした大それたことをしてしまったときは、さりげなく、軽やかな気持ちで、できれば忘却の彼方にありたいですが、これこそが難しいことと考えています。
『金の言葉 銀の言葉』第二十七日
【『ありがとう』の一言が、しあわせにするのは、ふたりです。言われた人と、言った人。』】
感謝の言葉は言っても、言われても気持ちのいいもの。
今日は特に私が付け加えて述べるようなことはないですね。
新型コロナウイルス騒動に負けず、今日も一日がんばりましょう!
感謝の言葉は言っても、言われても気持ちのいいもの。
今日は特に私が付け加えて述べるようなことはないですね。
新型コロナウイルス騒動に負けず、今日も一日がんばりましょう!
漫画「喫茶アネモネ」
毎週月曜日の中日新聞に掲載される「喫茶アネモネ」というたいへん愉快な漫画があります。
わりに最近に掲載が始まったと思いますが、はっきり記憶してません。
(SNSによれば、2017年10月2日より東京新聞で連載スタート。 2020年1月13日から中日新聞でも掲載されるようになったとのことです。)
どういう趣旨で載っているのかも不明です。おそらく昭和40年代・50年の喫茶店文化・コーヒー文化をコメディタッチで伝えるということかと思います。
どこがどう面白いというような下手な解説は書きません。一度お読みいただくだけでその魅力がわかるというものです。
わりに最近に掲載が始まったと思いますが、はっきり記憶してません。
(SNSによれば、2017年10月2日より東京新聞で連載スタート。 2020年1月13日から中日新聞でも掲載されるようになったとのことです。)
どういう趣旨で載っているのかも不明です。おそらく昭和40年代・50年の喫茶店文化・コーヒー文化をコメディタッチで伝えるということかと思います。
どこがどう面白いというような下手な解説は書きません。一度お読みいただくだけでその魅力がわかるというものです。
『金の言葉 銀の言葉』第二十六日
【ふるさとに帰るのに理由(わけ)はいらない】
以前にも書いたことがある話。
筒井康隆さんの短編小説に『乗越駅の刑罰』という怖い話があります。
有名小説家が久しぶりに故郷に帰るところから話は始まります。
この小説家、うっかり切符を失くしてしまい無賃乗車の疑いがかけられます。
駅員は無賃乗車の罪を厳しく咎め、イジメ倒すという話ですが、イジメの理由は無賃乗車よりもこの小説家が長らく故郷に帰らず都会で働いていた身勝手さにでした。
筒井康隆さんは何かで次のようなことを語ってみえました。「この小説に深い意味はなく、ただただドタバタを楽しんでもらいたい」。
これは本当に小説家の真意なのでしょうか?
たとえそうだとしても、普通の読み手ならこの小説を深読みしてしまいます。
閑話休題、この短編小説が書かれたのは1970年代でしょう(はっきりわかりません)。
この小説が書かれた頃にはまだ地方にも挟持と余裕があり、この話のような理不尽を都会から帰省した人に強いることができたのだなぁと読めば、また違った意味が見出せます。
ま、かなりひねくれた読み方ではあります。
もし、『乗越駅の刑罰』に登場する小説家が挫折して故郷に帰ってきたのなら話は違ったかもしれません。
中島みゆきの何かの歌に、故郷には帰ると自分の靴を脱ぐ場所がちゃんと空いている、みたいな歌詞があったと記憶します。
故郷は大事にすることがまず大事かと思います。
以前にも書いたことがある話。
筒井康隆さんの短編小説に『乗越駅の刑罰』という怖い話があります。
有名小説家が久しぶりに故郷に帰るところから話は始まります。
この小説家、うっかり切符を失くしてしまい無賃乗車の疑いがかけられます。
駅員は無賃乗車の罪を厳しく咎め、イジメ倒すという話ですが、イジメの理由は無賃乗車よりもこの小説家が長らく故郷に帰らず都会で働いていた身勝手さにでした。
筒井康隆さんは何かで次のようなことを語ってみえました。「この小説に深い意味はなく、ただただドタバタを楽しんでもらいたい」。
これは本当に小説家の真意なのでしょうか?
たとえそうだとしても、普通の読み手ならこの小説を深読みしてしまいます。
閑話休題、この短編小説が書かれたのは1970年代でしょう(はっきりわかりません)。
この小説が書かれた頃にはまだ地方にも挟持と余裕があり、この話のような理不尽を都会から帰省した人に強いることができたのだなぁと読めば、また違った意味が見出せます。
ま、かなりひねくれた読み方ではあります。
もし、『乗越駅の刑罰』に登場する小説家が挫折して故郷に帰ってきたのなら話は違ったかもしれません。
中島みゆきの何かの歌に、故郷には帰ると自分の靴を脱ぐ場所がちゃんと空いている、みたいな歌詞があったと記憶します。
故郷は大事にすることがまず大事かと思います。
『金の言葉 銀の言葉』第二十五日
【言訳だらけの人生を、今日で卒業。】
これまで何度も読んでますが、卒業してません。
言い訳は泉のごとく湧いてきます。
一つの言い訳を潰してもまた新たな言い訳を作ったり、見つけたりします。
そして、また新たな言い訳を見つけました。
本当にやりたいことをやるときは、言い訳なんかしない。周囲から見て「無謀」「無理」「無茶」と思われることでも平気でやってしまいます。
それでいて難題と思われることでも次々とクリアして成功してしまいます。
夢中になれること、それをみつけたいと思ってます。
これまで何度も読んでますが、卒業してません。
言い訳は泉のごとく湧いてきます。
一つの言い訳を潰してもまた新たな言い訳を作ったり、見つけたりします。
そして、また新たな言い訳を見つけました。
本当にやりたいことをやるときは、言い訳なんかしない。周囲から見て「無謀」「無理」「無茶」と思われることでも平気でやってしまいます。
それでいて難題と思われることでも次々とクリアして成功してしまいます。
夢中になれること、それをみつけたいと思ってます。