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9月最終日 [f]

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今日で9月も終わり。

今月も拙ブログをお読みいただいた方に心よりお礼申しあげます。

最近は、ブログ本来の意味でもある「日記」という観点で書いているため、内容が薄くなっている。ご容赦いただければ幸いです。

今月は20日過ぎまですごく早かった印象ですが、最後1週間くらいがおそろしく長かった感がある。

どうしてだろう?

閑話休題、写真の花は「ハナオクラ」というそうだ。

ここ数年、家人が育てている。

花が咲いているのは1日だけ。あとは赤い実のようにみえるのを楽しむというかわった植物。

質実剛健な感じもあり、家人らしいと思う。
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号外「自民党総裁 岸田氏」 [f]

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先日白鵬の号外が出たばかりで、また号外。おそらく近々また出るであろう。

閑話休題、私としては消去法的に順当なとこが決まったと思う。

目力のありすぎる人や、やたら受けがよすぎる人、場違い感がありすぎる人などなど、そうなると岸田氏以外ないのかなぁという感じ。

心機一転、日本を良くするために頑張ってほしい。
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意外とコメダ好き [f]

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コメダにこんな貼り紙があった。

当然のことであるが、私が注目したのは隅に書かれたSDGsのこと。

SDGsを意識していることがチョットしたポップにも出てくる。

大上段に構えた物言いよりもこうしたチョットしたつぶやきの方が効果的のように思う。
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夏の名残り [f]

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すっかり涼しくなり、夜などは少し肌寒いくらいになった。

日中の日差しはややきつく、車の中だと暑い。

今年はコメダでアイスコーヒーを飲んでないなぁと思い、夏の終わりにアイスコーヒーを注文した。

そういえばコメダのかき氷も食べなかったなぁ。(意外とコメダ好き)
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セプテンバーレイン [f]

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クルマの窓ガラスの雨粒が美しい、と感じた。

「セプテンバーレイン」という歌があっあなぁ。その歌詞が頭に残っていて9月の雨を美しいと思うのかもしれないなぁ。
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『銀河鉄道の夜』 [f]

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『銀河鉄道の夜』を読み直した。

なるほど、こういう作品はやっぱり小学校高学年から中学生くらいの多感な時期に読むべきだろう。

私もその時期に読んだという記憶はあるが、内容については全くおぼえていない。こういう読み方ではダメである。

多感な時期にキチンと読めば、その後の人生に少なからず影響があったことだろう。

かの松本零士さんは、この作品から名作『銀河鉄道999』の着想を得たというのは有名な話だ。

閑話休題、何も得ていなかった私が今読んでも本作は幻想的で、少し淋しい終わり方ではあるけれど、心に波紋を残した。

もし、若い頃読んだ時に、大きな感動に包まれたのなら、大人になった今読むと格別な感慨に浸ったのではなかろうか。それができなかったのは残念だ。
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山崎豊子著『ぼんち』その3 [f]

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『ぼんち』には五人のお妾さんが登場する。

大阪では、妾を「てかけ」と呼ぶことを本書で初め知った。目に掛けるのではなくて、手に掛けるというなんとも率直な言い方が大阪らしい。

この五人が、五様であって、彼女らを通して当時の大阪の風俗や習慣を克明に描いている。

妾の他に本妻も登場するから、嫁入りの風習や嫁いでからの嫁姑関係のことも描かれている。

本妻も妾も船場商家の厳しいしきたりに翻弄される。しきたりというと因習な感じだが、長年生き馬の目を抜く商家で培われたしきたりは極めて合理的に考える。

つまりは何事もカネをつかってキレイに片付ける。資本主義もここに極まれりという感じすらする。

たとえば、お妾さんに男の子が生まれれば手切れ金として五万円を渡し、私生児として里子に出される。そういう決まりということで、有無を言わさず従えさせる。女の方も無駄な抵抗と知りつつ少しは歯向かうが、結局は従っている。

しきたりという一定のルールがあり、世界観が定まっているせいか、読んでいて酷いとは思っても、不思議と陰湿とは感じなかった。臆面もなくしきたりを持ち出すからだ。主人公も多少の不満はあっても自分もその世界の住人と割り切っている。

こうしたしきたりを壊すのが先の戦争であり、空襲が船場の町と一緒にそれらも焼き尽くしたのではないかと想像する。その象徴的出来事が主人公の祖母のあり方であろう。

今の船場のことをよく知らないが、戦前の「ぼんち」文化などは復活していないだろう。

思うに、こうした旦那衆のやり方を奉公人や商家以外の人は案外冷ややかに見ていたのではないか。

西洋では市民自らが革命を起こし、貴族を特権階級から引きずり下ろした。日本では明治維新がそれと同じように言われるが、ある種の貴族のような商人たちのような特権階級を破壊したのはアメリカ軍に他ならない。

一般庶民は無意識の中でかつての豪商の復活を許さなかったのではないか、そんなことも本書を読んで思い巡らせた。

閑話休題、本妻も含めれば六人の女性が出てくる本書には一切濡れ場という描写がない。

本書がある種の清々しさを持つのはそのせいである。

それは女性の尊厳を守ったとも取れるし、女と男の閨を描くのは野暮なこという山崎豊子の矜持のようにも取れる。
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山崎豊子著『ぼんち』その2 [f]

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昔の豪商にはその地域の特徴があったようだ。その中で最も有名なのが近江商人の三方良しという教えだと思う。

『ぼんち』の舞台は大正から昭和20年頃までの大阪の船場である。

昔、読んだある本に船場商人の特色はその家の女性に婿養子をとって家業を継がせることと書いてあった。

婿になるのは、その家の奉公人の中で一番よくできる男を抜擢する。つまり、大番頭が婿になる。そうすれば家業はますます栄えるというもの。

その家に男の子がいた場合は、頭のいい子であれば医師にする。凡庸であれば、商売にかかわることはさせず、名誉職につけるか、家が傾かない程度に遊ばせておく。いわば飼い殺しのような状態にしておくという、親にとっても子にとっもある意味極めて厳しい決めがあったようだ。

なにやら現代の会社組織に通じるものを感じる。

閑話休題、『ぼんち』の主人公は跡取り息子として、しっかり家業を継ぎ、妾を5人かかえながらもしっかり商いをやっていく。

もし、お妾さんがいなかったら、さぞや店は大きくなったのか、といえば、そうではないだろう。主人公の働く原動力が放蕩にあり、ぼんちになることを生涯の目標にしているからだ。

そういう意味で、戦前までの大阪、船場の格式高い商人の慣習を知るという点でも本書は貴重な資料的価値がある書物であると思う。しかもそれが血の通った文章で活き活きと書かれている点が山崎豊子の凄味であろう。

余談だが、私の父方も商家であったようで、考え方や風習に今回読んだ『ぼんち』の船場のものと少し通じるものがあった。

そんなふうに書くのはおこがましいことだが、それは普遍的なものとして商家に共通した考え方や行動、習慣なのだろう。

昔、商売人が少し嫌われ、警戒された理由の根底にあるものと言ってもいいかもしれない。
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『十三人の刺客』 [f]

2021-09-21T22:22:19.jpg
ちょうど1年くらい前に録画した映画『十三人の刺客』をやっと見た。

すごい迫力満点の長い殺陣だった。

映画のセットも素晴らしいリアル感だ。

役者の演技もベテランと若手が交錯してお互いの持ち味を十二分に発揮しているように見受けられた。

昭和38年の作品。監督は工藤栄一。

私の無知なのだが、工藤さんはこんな素晴らしい作品を30代の頃にすでにやり遂げていたんだなぁ。
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敬老の日 [f]

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私にとって敬老の日はやっぱり9月15日だよなぁ。

今日、9月20日が敬老の日なんだけど、どうもピンとこない。どっちにしろ仕事だし。
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