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下田歌子女史 [f]

2022-05-09T12:20:24.jpg
さて、岩村城ならびにその城下町について書いてきたが、今回がその最終話としたい。

下田歌子女史は岩村町の出身で、独学で和漢学を修め、実践女子学園を創立した方だと今回初めて知った。

独学の理由は、女だからという理由で藩校「知新館」に進学できなかったからだという。

幼き頃から才能を開花させ、神童と呼ばれていた少女の無念はいかばかりであったことか?!

幸い学者一家に生まれた歌子は祖父や父の蔵書を読み漁り、祖母からの教育もあって和漢学を修めた。そのレベルは「知新館」の教授が感心するほど高いものであった。

下田歌子女史の伝記があれば読んでみたいと思う。

閑話休題、岩村城の登城口横に「下田歌子勉学所」という旧家が保存されている。(写真の銅像もそこにあった。)

元々は歌子の父親の書斎であり、藩校に入れなかった歌子が独学した場所である。

以上の情報は勉学所にあった説明看板で知った。

この旧宅が元々この場所にあったのか、それとも移築されてきたのかについては看板には書かれていなかった。

もし、この場所に元々あったとしたら、登城口横にあるのだから、相当の家柄であったことがうかがい知れる。

下田歌子女史は銅像を見るとわかるように才色兼備の人であったそうだ。
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