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能登半島の町並み、そして勇壮な景色 [旅のブルース]

今回の旅行の大雑把な行程は、5日に金沢市内を観光、同日夕方に能登半島の和倉温泉まで行き、宿泊。

翌6日は、和倉温泉を出発し、能登島経由で輪島朝市へ行き、その後、能登半島の西側(外浦)をドライブして、能登金剛を観光しました。





映画『ゼロの焦点』のロケ地にもなった“ヤセの断崖”です。記憶があいまいなのですが、昔来た時は柵がなくて、映画同様、迫力があったような・・・。






源義経が兄・源頼朝の追っ手から逃げる際に小船を48隻(だったかな?)隠したといわれる岩の割れ目です(上から眺めてます)。



閑話休題、能登半島。わたしは今から4半世紀ほど前に原チャリでこの半島を1周したことがあります。


その時は気付かなかったのですが、能登半島は自然の風景だけでなく、町並みがたいへん美しいです。


有名なところでは、「輪島市門前町黒島」が伝統的町並群として文化財に指定されています。


詳しくは→http://www.phisnet.ne.jp/kuroshima/denken.html

すごくきれいな町並があるなぁと感心して通り過ぎたのが黒島でした(不覚face07


ただ、ここに限らず、総じて町並みはどこも統一感があって、たいへん美しかったです。


特色は、黒い瓦と板壁です。瓦は釉薬がかけてあるので黒光しています。この種の瓦は金沢市内でもみられますが、近年、金沢では民家の建て替えが進み、昔ほど連続した屋並がみられなくなりました。


その点、能登半島にはまだまだこの黒い瓦の屋並が健在でした。


そして、木の板を横に貼った「板壁」。同行した子どもたちも三重では見られない建築様式に驚いたようで、「なんで、こんな建て方なの?」「映画のセットとか、何か、特別な家なの?」という質問がでました。


わたしも不勉強で、なぜ、板を横にして貼っていった「板壁」なのか、その理由はよくわかりません。当然、能登の厳しい気候に由来するのでしょうが・・・。


かつて、能登半島は北前船の港として繁栄したところが多く、その頃の伝統が今も建築に残っています。その贅をこらした造りから往時の勢いが偲ばれます。


立派なのはそれが今なお受け継がれていて、新しく家を直したり、建てる場合でもその伝統が守られている点でしょう。車で走って見た範囲では商業施設を除けば、民家の中にまじって建てられたハウスメーカーの建物は皆無だったように思います。


費用面でも負担が大きいと思われる伝統的建造物をよく保全しているなぁと、能登の皆様の意気の高さに感動しました。(まさか北前船時代の埋蔵金が今も残っているわけではないでしょうし・・・。)



25年前に能登半島を回った時、思った事があります。


「なんで、こんな場所で米を作るんだろう?」


その代表格が“千枚田”です。




「こんな作りにくいところで作るくらいなら、三重県とか太平洋側で作ればいいのに」


まぁ、今思えば、なんとも世間知らずで、頭でっかちな考えです。


ですが、今となると三重県に限って言えば、田んぼや畑が宅地や商業地になりすぎました。もはや「三重県で作ればいいのに」と言えるほど田畑が残っていません。


今回の能登半島の周遊は日本の原風景を見た心地です。


美しい自然、その土地に合った伝統的工法で建てられた美しい町並み、土地を最大限に使う農業。まさに観光、光を観た思いです。
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